「強迫性障害」をご存知ですか?~Vol.3~

強迫性障害

こんにちは!

「ガジェット系記事かけよww」
とか思われるかもしれませんが、
今はこちらの方のインスピレーション(?)が
来ているのです!!

ご容赦ください!
なるです!

今回は申し訳ないのですが
本文に入る前に
少しだけ僕の気持ちを吐露させてください。

僕はご存知の通り、
強迫性障害です。

今は基本的に体調が良いため、
悪化するのが一番怖いです。

けれども、
矛盾してますし、不謹慎を覚悟で書いてしまうのですが、
“強迫性障害が完全に治る”事もまた怖いんです。

僕は中学生の時に発症したため、
「自分」と言う人格は
この病気ありきとでも言うのでしょうか。。

なんだか完治してしまうと
自分のアイデンティティが
無くなってしまうのではないかと
考えてしまうんです。

この話を母にした際には、
割と驚かれたため、
おそらく変わった考えなのかと思います。

そもそも自分でも整理できていない考えのため、
自身でもよくわかっていないところはあると思うのですが、、

おっと!時間ですね。

早速本文に入りましょうか。

こちらは連載の3記事目になります。
初めての方はこちらから前の記事を
お読みいただければと思います。

あらすじ

強迫性障害にかかった
僕“なる”は、
ついに「家が汚い」と考えるようになります。

ギリギリのところまで

なる
なる

入院は絶対イヤ

と言っていた僕ですが、
家が汚いゆえに
登校のための支度に
とても時間を要するようになります。

また、体力的にもかなり消耗し、
徐々に学校に足がむかなくなってしまいました。

そのため、
自身の辛さや
母親への巻き込みの酷さが重なり
入院を決定しました。

入院した病院について

僕は当時通院していた
国内某所にある県立の病院に
入院しました。

そこの病院は
病棟がいくつかあり、
患者の年齢や症状の重さによって
入る病棟が決まります。

僕はと言うと
20歳前後までの(これでも)
そこまで症状の重くない子が入る
病棟に入りました。

そこは俗に言う閉鎖病棟。
つまり、病棟の出入口が施錠されており
患者は自由に行き来ができないのです。

どうしても外に行きたい時は
看護師さんに言って解錠してもらう必要があり、
主治医の判断によっては
看護師の同伴も必要です。

始まった入院生活

僕は、物心がついてから
「入院」と言うものをするのが初めてだったので、
少なからず緊張はしておりました。

尚更、精神科なので、
申し訳ない言い方をすると
僕にとって未知の領域でした。

けれどもいざ入ってみると
失礼な言い方ですが
みなさん病気を持っている様には
見えなかったのです。

もっと言うと、当時の僕には
みなさん健康な方との区別がつかないほどでした。

ちなみに
僕は病棟内の他の方に
病名は明かしていません。
もちろん訊く事もしません。

当時の僕は幼いながらも
「病名は訊かず言わず」
と言うのが暗黙の了解だと感じたからです。

やはり初めての場所なので
「馴染めるか」とか「怖い人いないか」とか
心配になったワケですが、
その辺の心配は全くの杞憂で
普通に受け入れてくれました。

と言うのも
僕もあとにわかったのですが、
患者の入れ替わりは割と頻繁で
新しい人が来るのも、去るのも、
割と日常茶飯事。

あくまで「日常の一コマ」に過ぎなかったのだと思います。

入院仲間にも恵まれた入院生活ですが、
それでも僕は苦痛で仕方なかったです。

それはなぜでしょうか。

恐らく、入院されたことのある方は
お分かりになるかともいます。

そう。。

なる
なる

メチャクチャ暇!!

もうね、「暇を持て余す」
とか言うレベルじゃなくて、
常に暇。やることがリアルにない。

それが一番辛かったです。

ただ、朝の支度から解放されたのは
とても救われました。
当時は嫌でしょうがなかったので……

正直、
今文章を打ちながら「何を書くか」
本気で悩むくらいには
やることがさっぱりありませんでした。

強いて言うなら
同じ病棟の方々と
ボードゲームとかトランプとかしてましたね。

でも、何か治療らしい事もせず、
「本当によくなるんか?」と
思わなくもなかったです。

あとでその考えは的中することになるんですけどね汗

入院中の学習事情

おさらいです。

当時の僕は中学2年生。

1年生ほどの余裕もなく、
勉強の遅れに関しては
かなり危惧しておりました。

そのためか、
その病院のなかに
支援学校もあったのです。

そのため、
入院生活に慣れてきたところで、
僕は籍をその学校に移します。
要は転校です。

その支援学校の生徒は
大体10〜20人程度。
小学生から中学生までが対象です。

当時の僕は
学校というものが好きではありませんでした。
そのため「学校が楽しい」という子の
気は知れなかったですww

そんな僕でさえ、

なる
なる

暇すぎる現状よりかは支援学校に行った方がずっと良い

とかなんとか言うぐらいでした。

ですが、
あくまで「通うこと」が目標の学校。

病棟にいる時より
有意義だったのは確かですが
どうしても元の中学校と同じ勉強ではありません。

つまり、当時はまだ
全日制の高校に行くことを考えていたため、
完全に勉強への心配は拭い切れなかったのです。。

そんなわけで
元いた中学校に戻った時には、
中の上ほどの成績だったものが、
ほぼドベまでになることになります。が、
その話は後日にしますね。

締めの言葉

今回は若干殴り書き(打ち?)だったため、
読みづらい箇所があったかも知れません。

さて、本日はここまで!

お読みいただき、
ありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました